« 2006年10月12日 (木) | トップページ | 2006年10月14日 (土) »

2006年10月13日 (金)

2006年10月13日 (金)

バルザでござる。

 

今日は病院の日。

傷病手当をもらえる期間(最高1年半)も残り3ヶ月ほどとなりまして。

失業保険への切り替えと同時に、

仕事をする心構えをしていかなくては!

という話を先生としておりましたが。

 

これがなかなか、ココロがゆらいで安定しないんで、先生も就職へのゴーサインが出せない状況・・・o(TヘTo)

でもねぇ、昨日のリーグ優勝した日本ハムファイターズの新庄の言葉ではないですが、

 

「がんばりません。楽しみますヾ(*≧∇≦)〃」

 

の精神で開き直っております、ここ数週間。

一時はアセリもありましたが、アセッても余計ココロにストレスを感じるので、

体調が悪くなってしまうのでございます。

コレを繰り返してると、開き直るしかないんですな、正直。

 

ということで、まぁなるようになるさ!と、どうしても行きたい場所があったので、

行ってきました。

高知市、大橋通の

_009_29

「高知スーパーマーケット、バルザ店」。

ワシが小さい頃からの、父親や友達との思い出の場所、です。

 

約30年前に、オヤジが保育園とかくらいのワシ

「お出かけするぞ!」

といってチャリンコの後ろにワシを乗せて連れていってくれる所、

といえば、高知スーパーの万々店(2年くらい前に既に閉店)か、

大橋通り店(今の、バルザ店)でした。

 

裕福な家庭の子供は、たぶん高知大丸や閉店した高知西武(当時はとでん西武)といった「百貨店」の屋上へ遊びに連れて行ってもらってたと思うんですが。

当時はまだニチイ(現サティ)もショッパーズプラザ高知(今は無き、ダイエーショッパーズ)もありませんでしたので。

ワシのように貧乏家庭にとっての「贅沢な遊び場」が大橋通り店の屋上でした。

屋上には線路を走る機関車やゴーカート、キャラクターの背中で飛び揺れる乗り物などがありました。

 

ワシが好んでたのは、スライド映写機の「イナズマン」

当時、まだ一般家庭にビデオというものがほぼ皆無で。

 

子供なので、足元にあるステップの上に乗っかって、お金を入れて。

スコープに目をあてると、スピーカーから流れる音声にあわせてスライド画像から敵が現れ、

(決して、ビデオのような動画ではありません!)

サナギマンが出てきて、そしてイナズマンへと二段変身をし、敵を倒す、というもの。

 

子供ながら、

「街の高知スーパーに行ったら、イナズマン(つまり、ヒーロー)が見れる!」

という、ビデオのように見たい番組がすぐ見られない時代の子供でしたから、

それだけはいつもおねだりしておりました。

 

また、スコープで見る、という動作が、覗き見してる気分になり、

子供の独占欲を駆り立てるのです!ヾ(*≧∇≦)〃

 

ちなみに。

オヤジは魚を見るのが楽しみで、魚の並べてある方の入り口(東側)からしか出入りをしなかったもので、

中学生くらいまで、北側の入り口を知りませんでした・・・

 

それからしばらく高知スーパーから離れていたのですが・・・

 

 

高校に行っていた頃、テスト発表中で部活無しで、

早く帰宅できる日に立ち寄るようになりました、高知スーパー。

_012_26

その頃には名前も「バルザ店」になっておりました。確か。

 

普段は部活で帰宅する時間が別々の友達と、たまに行動をともに出来るのがこのテスト発表中のメリット☆

その友達は家が近いので、よく帰宅途中で一緒に立ち寄っておりました。

最上階、というか屋上の外側には、例によって機関車が走ったりしてまして。

 

建物の内側にはおじいさんがやってる食堂と、ゲームセンターがありました。

友達はゲームをやり、ワシはゲームをしないので腹ごしらえ。

 

食堂、といっても、お好み焼きと焼きそばがメインのお店

店の名前があるのかないのかも分からない、お店。

 

しかも、カレーと焼き飯以外、

つまりお好み焼きと焼きそばは全て

番号で注文!しなくてはいけない

、というルール。

 

たぶん、おじいさんが卵や肉、エビ、イカなど、

微妙な注文の違いを覚えるのに、番号の方が楽ということで、だと思います。

モダン焼きは大きさでAとB、とか。

 

ワシはいつもお好み焼き肉・卵入りを注文していました。

「おんちゃん、13番!」

 

8割は、しゃがれた声で

「え?なに!?」

と聞き返されるほど、ヨボヨボじいちゃんでしたが・・・

 

当初は300円でした。ドデカイお好み焼き、13番。

途中から350円に値上がりしましたが。

 

ワシは13番オンリー。

でも、30番くらいまであったんじゃないかな!?

定かな記憶ではないのですが・・・

 

ソコの店に、たまにおばちゃんが手伝いにきてくれてまして。

そのおばちゃんに、ワシは気に入られてました。

 

ワシ、高2のときに気胸の手術をしたのですが、

おばちゃんは、ワシが20歳を過ぎてたまに食事に行っても

「お兄ちゃん、体はどうぞね!?」

と、いつも気遣ってくれて。

 

その店、というか最上階も数年閉鎖しっぱなしで。

 

今月15日で閉店してしまう、ということもあり、

最後に一目見ておきたかったのです。

幼少の頃と、高校時代の思い出の地の最後を。o(TヘTo)

 

哀しいことに、最上階どころか、その下の4階もすでに閉鎖されておりました。

商品もかなり少なくなっており、ジワジワと物悲しさがあふれそうになってきました。

 

 

ココからはワシだけの話、ですが。

 

バルザを見に行くついでに、とある方々に渡したいものがあったんで。

先日のスーパーバンドの路上ライブのDVD-Rを。

無事に渡せました。

が、実はその時、思い出の店の寂しげな雰囲気を見て、ウルウルしそうになっておりました。

愛想なくてスミマセンでした、福岡さまm(_ _)m

レシートを記念に、CDと一緒にはさんでおります(笑)。

「マロンパパさん!?」とお声かけていただき、ウルウルが一瞬ふきとびましたが。ヾ(*≧∇≦)〃

 

10月15日に現存する5店舗も全て閉店する「高知スーパー」。

田舎、高知の交通事情や住宅事情が次々と変わっていくたびに、

思い出の場所は、どんどん無くなっていくんだよね・・・

 

 

イタリアは、一番新しい建物でも築100年以上。

車庫なんて無く、全て路上駐車。

それでも、景観を、文化を、食事の時間を、そして自分や家族を大事にするお国柄。

 

日本にも、せっかくいい文化があるのに、

残す事は出来ないのかな!?と思いました。

 

ケータイの普及もそうだし、エアコンにビデオ(今はDVDだな)、次は地上デジタル放送・・・

高速道路や大きな道路の整地、山を切り崩して作られる団地・・・

 

ワシは、「便利」になると、かならずしわ寄せの「不便」ツキモノ、と思っております。

たぶん、ずっと思い続けてしまうんでしょうな・・・o(TヘTo)

 

スミマセン、今日はチトおセンチなマロンパパでした。

 

 

追記

 

今日は2時過ぎに家に帰り着き、久しぶりにマロン

「お昼の散歩」

に行きました。

 

マロン、超ゴキゲン!!!ヾ(*≧∇≦)〃

_019_9

うなおクン家の前も通り、「どんちゃん」のトコロへご挨拶。

_024_13

そんなゴキゲンなマロンも、

夜になるとショコラと相変わらず、です。

_031_13

|

« 2006年10月12日 (木) | トップページ | 2006年10月14日 (土) »