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2012年3月2日

2012年3月 2日 (金)

「がんばったね。」

 

 

一昨日に通夜、

昨日は告別式。

 

告別式の後に

初七日もお寺でしてもらい、

無事

壺に入った父を

家に連れて帰りました。

 

 

 

今回の件は

父の遺志により

新聞に掲載しなかったもので、

知人友人には

一応知らせておいたほうがよいかと

メール送信したものの、

いったい誰に送ったか

全く覚えてませんでした。

 

僕の知人友人も

正直かなり参列していただき、

また

メールや電話、

ご香典なども多くいただきました。

 

 

 

教員をしていた学校の恩師。

僕のブログをチェックして

今回の件を知り、

時間と場所を調べて参列してくれました。

 

高校の友人も

ブログを見てくれてたようで、

この数か月のことを

親孝行したな、と

僕に激励の言葉をくれました。

 

このブログ自体は

思うまま指の動くままやってるので

大したこともしてないけど、

それでも

こうして支えてくれる人たちが

いるということを知る機会ができたことは

貴重だったと思いました。

 

それが

父の死という場なのが

残念ではありますが。

 

 

 

通夜の後…

父の肉体と

最後に一晩、

家族で同じ部屋でなることにしました。

 

明朝

棺の中に入れるモノを用意。

 

やめられなかったタバコ、

お気に入りの帽子や服。

 

黄身ちゃんには

もうすぐ誕生日に贈るはずだった

父の絵を描いてもらいました。

120301_080001

左が父、

右が黄身ちゃん。

空には虹がかかっています。

 

この絵も

父は持っていきました。

 

 

 

そして

葬儀屋さんが用意してくれた

「お別れの言葉」

とかかれた短冊。

 

僕は

すごく悩んで

書きました。

 

わずか4行のメッセージ。

 

黄身ちゃんも書きました、

一言だけ。

 

 

 

「がんばったね。」

 

 

 

この2年間、

黄身ちゃんの前では

笑顔の絶えなかった父も、

黄身ちゃんが見てない場では

痛みに耐えて

眉間にしわを寄せた表情だけ、でした。

 

その父が

息を引き取った

棺で眠る顔には

しわがなく、

優しい顔。

 

黄身ちゃんは

自分に見せる笑顔だけでなく

見せない苦痛の表情も

知っていたんでしょう。

 

4歳半の孫娘が

こんなに深く

こんなに重く

こんなに響く

たった一言を描きました。

 

「がんばったね。」

 

 

 

その短冊を見て

僕は娘を抱きしめ

号泣してしまいました。

 

 

 

そして

昨日が終わり、

父は灰となり

残された家族も

家に帰った時には

灰のように真っ白でした。

 

疲れ果て

眠いはずなのに

いつまでたっても

眠ることができず、

気を紛らわそうと

映画でも観れば寝るかなと

思ってましたが、

「ゴールドフィンガー」

「サンダーボール作戦」

「女王陛下の007」

と観てしまいました。

 

 

 

いつものように

楽しい生活、

楽しいブログに

早く戻ればいいのでしょうが。

 

人生は楽しいことばかりじゃない、

辛いこともある。

だからこそ

人生なんだと思う。

 

つい先日

埼玉の親友が

同じようなことを綴ってました。

 

その通り。

 

 

 

この父の

最後の大舞台が

いつか

あんなこともあったねと

想い出話で済む日が来ることを。

 

 

 

最後に。

 

あまりはっきりと覚えてませんが、

モウロウとしてたもので。

 

僕が父にあてたお別れの言葉。

 

 

 

「あなたが良い父だろうが悪い父だろうが

そんなことはどうでもいい。

僕にとって唯一の大事な父でした。

ありがとう。」

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